碧南街づくりとしてお寺でヨガを始めた理由〜後編〜

 

こんにちは。

 

愛知県名古屋市在住。

理学療法士と作業療法士の夫婦shotaとmariです。

shotaは緩和ケア理学療法士、栄の居酒屋cafe経営、碧南街づくり

3軸を中心に名古屋、碧南にて活動中。

mariは名古屋、碧南を中心に女性のための

ヨガと整体を通して活動しています。

 

 

 

私たち夫婦は昨年2017年の5月より

お寺の奥さまや地域の皆様のご協力をいただき、

碧南の街づくりの一貫として

碧南市の「東正寺」さま(碧南市平七町1-7)にて

碧南お寺ヨガ』を開催させていただいております。

 

 

どうして碧南の「お寺」で「ヨガ」を

始めるにいたったのか。

何を目的に、「お寺」という場所で

「ヨガ」をはじめたのか。

 

 

そんなお寺ヨガのルーツ、本日は〜後編〜です!

まだ〜前編〜読んでないよー!という方は

▼こちらからお読みくださいね▼

碧南街づくりとしてお寺でヨガを始めた理由〜前編〜
愛知県名古屋市在住。 理学療法士と作業療法士の夫婦shotaとmariです。 shotaは緩和ケア理学療法士、栄の居酒屋cafe経営、碧南街づくりの 3軸を中心に名古屋、碧南にて活動中。 mariは名古屋、碧...

 

 

では、早速本日の本題へ。碧南お寺ヨガの後編です!

 

 

碧南、お寺ヨガのルーツとは。<後編>

まちづくりをビジネスに

~ボランティアだけでは成り立たない~

 

最初にも話したが、

まちづくりはボランティアが主体だ

間違った事はやっていないし、必要な存在だ

それで活動できる彼らは本当にすごい

 

でもちゃんとデザインしないと必ず衰退するし

現状維持になってしまうし

他人に強要するのは違うと感じる

 

なぜならボランティアとは時間の投資だからだ

 

言い方を変えれば、

地域のために自分の時間を投資してよだ

 

うん、いいよって簡単に言えるほど

みんな時間に余裕があるわけではない

 

最初は意気揚々と始まったとしても、

段々時間を取られ自分の首が絞まっていくのを感じるだろう

 

もしボランティアでやるのであれば、

ボランティアをやる意義をちゃんと説明しなければならないし

ボランティアをちゃんと労わなければならない

 

 

 

ボランティア(=時間泥棒)が当たり前になっている

 

世の中はでは、「ボランティア」=「時間泥棒」が

当たり前になりすぎていると思う

 

 

だから寺ヨガは無料では開催しない

なぜなら「発展性」と「主体性」をもたせたいからだ

 

 

発展性とは、寺ヨガをブラッシュアップする事

ブラッシュアップするための資金として

皆さまからいただいた500円が活用される

 

主体性とは、参加者が積極的に参加する姿勢だ

もしあなたがある本を手に入れたとする

前半50ページを読んだ時点で

内容としてはちょっと微妙な印象を受けているとする

もしその本が無料で譲ってもらったものだとしたら

あなたはそれ以降のページをめくるだろうか?

めくる人もいるがめくらない人もいるだろう

 

じゃあもしその本を

自分で購入していたらどうだろうか?

無料ではめくらなかった人の何人かは

ページをめくるのではないだろうか?

 

 

価値があるからお金を払う のも真

お金を払うから価値を探す のも真

価値を探すから価値がある のも真だ

 

”探す”っていう主体性が価値を生むのだ

 

そして

お金をもらうから価値を作る

参加者に必要なことを意識して提供し、

提供者のメリットを意識して企画すれば

ボランティアを当たり前とせず

ボランティアもデザインする事ができれば

より一層この地域(碧南)は盛り上がるはずだ

 

 

 

 

自分らしく暮らせる街へ

前のめりに生きる人へ

~街に必要なのは、教育だ~

 

社会が大きく変わろうとしている

 

モノがなくて作れば売れた時代

作るために働く

ストレスが対価になった時代だった

 

銀行に預ければ利子がつく

勤め上げれば退職金がある

老後には年金がある

待つすなわち時間を投資すればどうにかなっていた

 

 

しかし現代はどうだ?

 

 

ストレスのある仕事からAIに代替され、

高齢者があふれ2012年から人口は減るばかり

 

勤め上げて退職金があるのかも

老後に年金があるかも定かではない

 

今を生きるためには、

根拠のない期待を待つことでも

先人の教え通りに生きることでもない

 

『自分で何を考え、どう切り開くかだ』

 

インターネットが普及して距離が近くなった

情報はググればすぐわかる

会いたい人にもコンタクトが取れる

 

今を生きるために必要なのは

『自分で考える力』だ

 

『本当に正しいのか?問う力』だ

 

『それを確かめるために”動く”力』だ

 

 

だが、それを教えてくれる人が

周りにどれだけいるだろうか?

 

 

 

小学生の頃、狭いコミュニティにいて自分は悩んだ

 

「今の若い者は」と皮肉る老人

夢を語れない生産性のない大人

挑戦に対して無理だよっていう教師

 

彼らを否定しているわけではない

彼らは「彼らの正義」で話してくれているだけだ

 

自身が経験した事とずれてしまいそうな若者に対し

教えてやらねばという”優しさ”をくれている

 

だがその”優しさ”が正しいのか?は

自分で判断しなければならない

 

 

 

だったらきっかけを作ろう

教育をしよう、教育からまちを変えよう

 

そのために

学校じゃ教えてくれない教育 をお寺でやろう

 

学校で学べるのは、基本的な知識だ

しかし現代社会に出て必要になるのは知恵だ

なぜなら知識はインターネットで補える

 

だからこそどんな経験を積むのか?

経験者から話をきいて擬似体験するのか?

知識と経験をもとに知恵にするかが大切だ

 

学校じゃ教えてくれない教育では

各分野で活動されている外部講師をお願いする

親や親戚、学校の先生じゃない

新しい出会いで新たな可能性を知ってもらう

出会いと同時に社会に出てから必要なこと

 

例えば

目標設定や物事の捉え方、時間の使い方…

教えてもらう

 

新たな選択肢を提供する事で

新たな興味を生み経験を生み知恵になる

 

その根源にあるのはきっと教育だ

 

教育が変われば思考が変わり

思考が変われば行動が変わり

行動が変われば習慣が変わり

習慣が変われば仲間が集まり

仲間が集まれば社会が変わる

 

教育を変えて自分らしく暮らせる街を作る

それが今後の展望、お寺ヨガの行く先だ

 

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